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奪われた夢と絆~拉致帰国・蓮池さんが講演~ [御坊市]

[2019年12月6日掲載]

奪われた夢と絆~拉致帰国・蓮池さんが講演~

「ウソとでたらめの北朝鮮」強かった母の言葉


「救出の声を盛り上げて」と蓮池さん

 24年間北挑戦に拉致されていた新潟産業大学準教授の蓮池薫さん(62)は1123日、御坊市民文化会館で「夢と絆~翻弄された運命の中で~」と題して講演した。蓮池さんは「拉致により夢や家族との絆が奪われた。北挑戦はウソとデタラメの国で、24年間厳しい生活を強いられたが『死んでなるものか』と歯を食いしばり、子どもに日本語を教えることも我慢して生き抜いた。子どもを北朝鮮に残して帰国した時は『北』へ戻りたい気持ちでいっぱいだったが『1年位なんだ。私は24年間も待ったのだぞ』という母の強い声に支えられた」と家族の励ましに感謝。残された被害者を救出するために大きな声を上げて下さいとさらなる協力を呼びかけた。選挙や内閣が変わるたびに『拉致被害者救出に全力をあげます』といつも同じ言葉を繰り返し、何ら進展しない政府の取り組みは何とも歯がゆい限りだ(竹内 文雄記者)


 蓮池さんは、御坊市人権講演会の講師として登壇した。

 蓮池さんは拉致された時の様子について

、新潟県柏崎市の海岸でデートしていると「タバコの火を貸して下さい」というので近寄ると後ろからいきなり殴られ、袋に入れられたので暴れると「シズカニシナサイ」と片言の日本語なのですぐ外国人の犯行と分かったが、どこへ連れてゆかれるのかとても不安だった。

 北朝鮮の収容所に入れられたが、一緒に拉致された恋人の事を尋ねると「日本へ帰した」という。だが、彼女には「薫は帰らせた」とどちらにもウソをついていた。

 1年8か月後に結婚させられたが、最初は『子どもは産むな』と言い、1年後には『子どもを産んでもよい』と方針がころころ変わる。

他の拉致被害者の消息についても「9月に海でおぼれた」とか「病死したが墓は洪水で流された」と答えた。

 しかし、『北』の9月はとても寒く泳げる訳がない。『北』の墓は山の尾根に立てるのが通例で、水に流されるはずがない。このように『北』はウソとデタラメを平気で言う国だと『北』を強く非難した。

 日本から小泉首相らが救出に来た際、蓮池さんが『北』に居る理由について「蓮池さんがモーターボートで沖に出て漂流している所を『北』に助けられたと言え」と子どもだましのような釈明を押しつける国であることも明らかにした。

 蓮池さんは19787月に拉致され24年後の2002年10月に帰国した。だが、子どもは『北』に残したままだった。

 「子どものために『北』へ戻りたい」と訴える薫さんに兄は「戻ってはダメ」と言い激しい喧嘩になった。

薫さんは「子どもを残しておいて親だけ日本で待てない」というと、母親は「何を言うか。私らは24年間も待ったのだぞ」と一喝された。

 24年間もの長い間、待ち続けてくれた母の強い愛情を思い直し、薫さんは『北』へ戻ることを断念。その後、子どもは帰国できた。

 今なお拉致されている横田めぐみさん(55)ら被害者を救出するには、国家賠償による資金援助を求める北朝鮮とは、国交回復が必要だが、核とミサイルの問題を抱える相手との交渉は容易ではないと指摘。

 蓮池さんは最後に「残された被害者を助け出すには日本国民が声を上げ、歩み出すことが大事」と訴えた。

 私(竹内記者)は、24年間の拉致生活は食糧が乏しく、厳しい寒さに耐え、自由に動けないなど過酷なものだったことをこれまで再三、耳にしている。しかし、蓮池さんは今回、そうしたつらかった暮らしには触れず、国民の温かい後押しだけを求められた。苦しさを生き抜いてきた蓮池さんならではの「強さ」を痛感させられた貴重な講演出した。

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