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子どもたちが導く二十五菩薩練供養 [有田市]

[2017年5月26日掲載]

 子どもたちが導く二十五菩薩練供養
 得生寺「中将姫来迎会式」

 
児童たちによる二十五菩薩のお渡り
 
 有田市糸我町の得生寺(伊藤光碩住職)で14日、県無形民俗文化財指定の「中将姫来迎の大会式」が営まれた。参道に露店が並び、抹茶の接待所もあり、本堂で中将姫の生涯を辿る現在風刺の紙芝居が行われた。ことしは日曜日とあって地元の多くの子どもたちや参拝客でにぎわった。
 
 中将姫は、奈良時代の右大臣・藤原豊成の娘で、5歳のとき母が亡くなり継母に育てられるが継母が我子を産んでから美しく聡明な姫を恨み家士の伊藤春時に命じ紀伊国有田郡雲雀山(ひばりやま)で姫を殺害せんとしたが姫の徳に打たれ殺害することができず、名を得生と改めて姫を守ることになる。これが得生寺の寺名のおこりで雲雀山のふもとにあり、中将姫は15歳まで得生寺で過した。その後、奈良県の当麻寺で出家し、同寺に伝わる曼荼羅(まんだら)を織り29歳で世を去ったとされ、会式は毎年、姫の命日に因んで行われている。
 この会式のお渡りは二十五菩薩が中将姫を極楽浄土へ導く様子を再現しており、近隣の小学生の児童ら50人が参加。花火があがると二十五菩薩のお渡りが始まり、境内に設けられた朱塗りの回廊、高さ約1・5㍍、長さ約60㍍を開山堂から玄関まで練り歩いた。道中は清めの僧が先導し紺色の紋付袴姿の女児らの和讃講が鈴を鳴らし中将姫和讃を唱えながら歩き、そのあとに、今年の地蔵菩薩、大阪府寝屋川市の南桂子さんが引導する黄金色の面をつけた児童らがゆっくりと進み、続いて大導師(伊藤住職)を中心として随喜の僧侶十数人が古式豊かに本堂に入っていった。
 本堂には中将姫がまつられ、この堂で称讃浄土経を読誦して姫の恩徳を賛歎し、お勤めが終われば「還御」(かんぎょ)といって、順序を逆にして開山堂までお渡りして終わりとなる。お渡りの途中で散華がまかれると、参拝者らは手を伸ばしてひろった。
 中将姫会式は幼少の姫ということで、全国でも珍しく、姫のように美しく聡明なお徳を得させてもらおうと小学4、5年のこどもたちが二十五菩薩になってお渡りする年行事の一つとして親しまれている。
 今年は、みかんの花街道ウオークイベントに参加した人たちも参拝し、例年より多くの人出だった。

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