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神光寺、新本堂に続いて観音堂が完成 修復、拡張、新築と木村住職大奮闘 [有田市]

[2016年6月24日掲載]

和歌山県有田市星尾、天台宗星尾山神光寺(木村正圓住職)は、新本堂に続き、このほど新観音堂を完成させた。新本堂の6間半×7間半よりは少し小さいが4間×5間の立派な建物で新本堂の北側に建立された。

1986年の28年前、木村住職が本山の指示で着任した時は荒れ放題の寺であったが翌年には本堂を直し、その翌年には庫裏を修理、さらに護摩堂、回向堂、地蔵堂、毘沙門堂、弁財天堂、不動堂、稲荷社、巳神社、金剛堂、大日堂、釈迦堂、三社、などに信者休憩所、境内の整備や修理を進め、今も理想の寺を目指して進化をさせ続けている。

神光寺は鎌倉時代、有田が生んだ高僧、明恵上人の修行場跡に、上人のいとこであった湯浅宗業が寺を建て、当時は地名をとって星尾寺と称し、18万坪(約59・5㌶)の寺領に七堂伽藍が建っていたといわれる。天正14年(1586)に豊臣秀吉の紀州攻めで焼失。

再建は寛文12年(1672)天海大僧正の高弟、憲海僧正が中興し、天台宗の神光寺となった。戦後の農地改革で寺領が削られ、昭和28年(1953)の台風13号で境内や庫裏が荒廃、数年後は住職も兼任となり管理がゆきとどかなくなり、木村住職が来るまでは荒れ果てていた。境内の敷地も住職が入山して何倍もの広さになっているが、まだ再興途中といわれる。

(写真/完成した新観音堂、後ろは新本堂)

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