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子どもたちが導く二十五菩薩練供養 得生寺「中将姫来迎の大会式」 大勢の参拝客でにぎわう [有田市]

[2015年5月22日掲載]

有田市糸我町の得生寺(伊藤光碩住職)で14日、県無形民俗文化財指定の「中将姫来迎の大会式」が営まれた。参道に露店が並び、抹茶の接待所もあり、ことしは本堂で中将姫の生涯を辿る現在風紙芝居が行われ地元の子どもたちや参拝客でにぎわった。

中将姫は、奈良時代の右大臣・藤原豊成の娘で、5歳のとき母が亡くなり継母に育てられるが継母が我子を生んでから美しく聡明な姫を恨み家士の伊藤春時に命じ紀伊国有田郡雲雀山(ひばりやま)で姫を殺害せんとしたが姫の徳に打たれ殺害することが出来ず、名を得生と改めて姫を守ることになる。これが得生寺の寺名のおこりで雲雀山のふもとにあり、中将姫は15歳まで得生寺で過した。その後、奈良県の当麻寺で出家し、同寺に伝わる曼荼羅(まんだら)を織り29歳で世を去ったとされ、会式は毎年、姫の命日に因んで行われている。

(写真/児童たちによる二十五菩薩のお渡り)

この会式のお渡りは二十五菩薩が中将姫を極楽浄土へ導く様子を再現しており、有田市の糸我小と宮原小の児童50人が参加。花火があがる中、二十五菩薩のお渡りが始まり、境内に設けられた朱塗りの回廊、高さ約1・5㍍、長さ約30㍍を開山堂から玄関まで練り歩いた。道中は清めの僧が先導し紺色の紋付袴姿の女児らの和讃講が鈴を鳴らし中将姫和讃を唱えながら歩き、そのあとに、ことしの地蔵菩薩の藤岡喜代子さんが引導する黄金色の面をつけた児童らがゆっくりと進み、続いて大導師(伊藤住職)を中心として随喜の僧侶十数人が古式豊かに本堂に入っていった。

本堂には中将姫がまつられ、この堂で称讃浄土経を読誦して姫の恩徳を賛歎し、お勤めが終れば「還御」(かんぎょ)といって、順序を逆にして開山堂までお渡りして終わりとなる。お渡りの最後に散華がまかれると、参拝者らは手を伸ばしてひろった。

(写真/サイフや鏡台、タンスに入れておくと幸せになると言う散華)

中将姫会式は幼少の姫ということで、全国でも珍しく、姫のように美しく聡明なお徳を得させてもらおうと小学4、5年までの子どもたちが二十五菩薩になってお渡りする年行事の一つとして親しまれている。

孫さんと一緒に参拝に来ていた宮崎町の田中宏さんは「初めて来ました。すばらしい会式ですね。孫が聡明な女性になってくれたらとお願いしました」と話していた。

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